『フラガール』〜女たちのプライド〜


ここのところ、フラダンスが静かなブームになっているらしい。そのきっかけとなったのが、映画『フラガール』だ。
MovieWalkerで「作品アクセス」、「見てよかった!」のいずれも1位、もれ聞こえてくる評判も良いものばかりだったので、随分以前から気にはなっていた。日毎に「観たい」という思いは募るばかりであったが、ようやく念願かなって娘と一緒にレイトショーで観ることができた。


何の予備知識もなかったものだから、素人娘たちが一所懸命にフラダンスを練習して立派なプロのダンサーに育っていく、一種のスポーツ根性ものの映画だと勝手に思い込んでいた。が、始まってまもなく勘違いに気づいた。
斜陽の炭鉱町が、生き残りをかけて、ハワイアンセンターを建設することになる。新たな事業の成功にかける人たちと炭鉱一筋で生きてきた人たちとの軋轢、そして、いかにも場違いな印象だったハワイアンセンターが、次第に炭鉱町の人たちに受け入れられていく過程を、映画は描いていく。
太陽がさんさんと降り注ぐ、陽の光に溢れたハワイと、暗くてじめじめした炭鉱との対比はなんともアンバランスだが、町おこしの実話である。
「ダンサーは地元の娘たちでなくてはならない」と酔っぱらいながらも、熱くまくしたてる吉本紀夫(岸部一徳)の慧眼には思わず唸らされる。この視点が昭和30年代に持てたからこそ、ハワイアンセンターを実現にこぎつけ、軌道に乗せることができたのだろう(このキャラクターが、実在の人物かどうかは知らない。しかし、スタッフを地元から募るのみならず、「地元の人間でショーをする」という視点が、ローカルなアイデンティティーを盛り上げるのに大きな役割を果たしたのは間違いないと思う)。


登場人物たちには、ひとつの共通の感情がある。
「ここで生きていく。」
しかし、それぞれの立場での微妙なニュアンスの違いが、物語に陰影をつくっていく。
炭鉱に生きる男達は、諦めにも似た感情で、石炭を掘って生きるしか自分たちには生きる術がないと思っている。
ハワイアンセンターに賭ける男たちは、これに失敗すると自分たちの居場所がなくなるという危機感と、素人集団で新事業を立ち上げなければならない現状への不安や町の人たちからの疎外感にさいなまれている。
炭鉱夫の妻や母たちは、選炭に従事しながら、炭鉱に生きる男達を支えることが自分の使命だという、ある種の矜持を持っている。
ダンサーを志す娘たちは、「炭鉱から抜け出したい、でも、抜け出ることができない」というジレンマから逃れる術として、フラダンサーという華やかなイメージに憧れ、やがては自分の全てをフラダンスにかけるようにまで成長していく。
フラダンス講師は、第一線から落ちこぼれた挙句しかたなく炭鉱町にやってくるが、炭鉱町の娘たちの心意気にうたれ、フラダンスを教えることに生き甲斐を見つけていく……。


フラガール』の男たちは、総じて情けないが、ときとして、女を守る優しさに包容力を感じさせることもある。女たちは、力強く自分の生きる道を主張し、誇り高い。


それぞれを代表する豊川悦司岸部一徳富司純子蒼井優松雪泰子、みな自分の立ち位置をこころえ、好演している。
娘が、映画の後で「お母さんなら、10回は泣いたね。」と言った。
確かに泣き所満載の映画だし、気持ちよく泣ける映画だと思った。
今年になって観た映画の中では、一番の出来だとは思う。とりわけ、クライマックスでの紀美子(蒼井優)のダンスシーンは、色彩も鮮やかな演出が、フラダンスの華やかさと躍動感を力強く表現し、彼女の生命が生き生きとほとばしる瞬間を見事に捉えている。圧巻だ。


しかし、それでも、なにか物足りない感じがどうしても残る。物足りなさの正体が何なのか、はっきりとはわからない。が、ひとつは、人物の描き方に「深さ」が足りなかったことにあったのかも知れない。
最近の邦画でいつも感じることは、ストーリーの展開や画のつくり方での長足の進歩だ。実に巧みな仕掛けで退屈させない。
その反面、鈍重ともいえるほど暗くて重い、ひと昔前の邦画にはあった登場人物の掘り下げが、不足しているように思えた。類型的、表層的で、言い換えれば、悪い意味でTV的だ。
「軽快さ、面白さ」と「深さ」のバランスは、本当に難しい。
例えば、平山まどか(松雪泰子)の過去にしても、光と影の描かれ方が単純で、彼女の「この炭鉱町で、フラダンスの先生としてしか生きられない」という切実な覚悟が、いまひとつズンズンと心に踏み込んで来ない。松雪は好演していたとは思うが、そこは演出でカバーするなり、彼女の演技で表現して欲しかった。


そんな中、紀美子(蒼井優)の母親を演じた富司純子の存在感は、圧倒的だった。
演出としては、松雪の場合と同じく単純な描かれ方だったと思うが、彼女の発するひとつひとつの言葉、その凛とした表情からは、炭鉱で生きる女の矜持、自分の全てをかけて我が子を守りぬくという母の愛と覚悟が、確かに伝わってきた。
ひととしての力を存分に表現できる素晴らしい役者さんだと思った。
彼女の芝居を観るだけでも、この映画は一見の価値があると思う。


エンドロールでのジェイク・シマブクロウクレレが、爽やかに心に染みる……。