仕事との距離感

「謙虚に受け止める」というのと「必要以上に卑下しない」ということの両方ができてないとダメですよね。
自分がやった結果に対しての距離感というのかな。そういうのってすごく大事で、若い人を見てると、できてないんですよ。やっぱり。

Wii Fitなどに関わった任天堂宮本茂さんの言葉だ('09 ほぼ日手帳より)。


私は、無神経なせいか、仕事で失敗したことは数知れずあっても、そのことでひどく落ち込んだ経験は少ない。けれども、誠心誠意行い、内容も悪くないと思っていた仕事が、相手から不当な評価を受ける、あるいは、真意が相手に伝わっていない時、無性に腹が立ち、悔しさで深く傷つくことは、幾度となく経験してきた。この歳になってさすがに感情のコントロールはできるようにはなってきたものの、似たようなことは未だに数多くある。


先日、発熱した患者さんを診察した時のことである。簡易のインフルエンザ抗原検査は陰性であったものの、鼻水、喉の痛み、咳、38℃以上の発熱、関節痛や筋肉痛といった症状が、最初の症状が出現してから24時間以内に出揃っており(その方は、症状の初発から約6時間で来院されていた)、しかもインフルエンザに感染した人との濃厚な接触があったということを考慮すれば、臨床的にはインフルエンザと診断すべきであると考えられた。
ご周知のように、簡易インフルエンザ抗原検査は、インフルエンザ感染後、徐々に反応が増強し、感戦後48時間でピークの反応を示す。注意しなければならないのは、検査の感度というものがあり、ある程度以上インフルエンザウイルスが鼻腔内で増殖していなければ、反応は陰性となるということだ。したがって、特に発症からの時間経過が短い場合、検査結果が陽性であれば「インフルエンザである」と診断できるが、検査結果が陰性であっても「インフルエンザではない」と診断することができない。
私は、患者さんとそのご家族に、検査結果が陰性であったこと、簡易のインフルエンザ抗原検査の仕組み、そして、患者さんがインフルエンザにかかっている可能性が高いと考える根拠などを説明した上で、抗インフルエンザウイルス薬を処方することを告げた。そして、その後の予想される経過なども簡単に伝えて診療を終えた。
その数時間後、「熱が下がらない」とその方たちが、再び来院された。「さすがに、まだ熱は下がらないだろう」と思いつつも、服薬状況を確認する意味で尋ねてみた。
「インフルエンザのお薬は、何時頃飲まれましたか?」
「えぇーっ、インフルエンザなんですか。だって検査は陰性だったんでしょう。」


このような例は、さすがに日常しばしば遭遇するわけではないが、それほど珍しいことでもない。
自分では必要十分な情報を伝えたつもりでも、受け取る側がそれを十分消化して理解できていない、あるいは、伝えたつもりが伝え忘れているということが、限られた診療時間の中では起こり得る。結果、こちらの思いは相手に届かないで終わる。
自分としては満足のいく、せいいっぱいの仕事であったとしても、それが相手に伝わっていなければ何の意味も持たない。10の仕事が、6しか相手に伝わらなければ、その仕事の結果は残念ながら6でしかない。10の内容があったつもりでいた仕事の評を結果から6と受け止める。これもまた、「謙虚に受け止める」ということなのだろう。


使命感を持って仕事に心血を注いでいる上司がいたとする。あやふやな想いのまま、仕事をノルマとしか捉えられず、タラタラと働く部下が、これまた、いたとする。上司の眼から見れば、部下の仕事は理解できない腹立たしいものに写り、結果、部下は呼びつけられ、上司の怒りを丸ごとぶつけられることになる。怒りをぶつけられた部下は、上司の言葉に感情的に反発するか、ショックで落ち込んでしまう……。
上司、部下ともに問題なのは、仕事の結果を自分の感情を絡めて評価しているところである。上司の怒りが、仕事の結果に対する冷静な指示や指導を見失わせ、部下は部下で、評価が仕事に対する結果よりも自分に向けられたもののように感じ取ってしまう。これが仕事とのいい距離感が取れていないということなのだろうと思う。
このような経緯で落ち込んだ方が、先日、「眠れない」と言って診察場を訪れた。
客観的に評価すると、原因は明らかに部下の側にあるが、かといって怒りをぶつけた上司の仕事も適切だったかといわれると、そうではない。
こういった時、怒られた理由や上司の熱い想いを理解してもらおうとしても、無駄骨に終わることが多い。もやもやと渦巻く上司に対する反感が邪魔をして、その言葉を素直に受け取ることができなくなっているからだ。大切なのは、上司にめいっぱい怒られた部下の気持ちを理解しようとすることのように思う。
私はカウンセラーではないし、その辺のことは頭では理解できていても、実際にはうまくできない。診察の順番を待っている人も大勢いる。それを思うと、私の気持ちもいらだってくる……。
苦し紛れに私は提案した。
「仕事のことで注意したり、指導したりする際に、怒りの感情をぶつけてしまうことは、理由はどうあれ、好ましいことではないと私も思います。けれども、自分のことなら努力すれば可能かもしれませんが、他人の行動や感情を変えようとすることは、とても難しいことです。そこで、こうしてはどうでしょう。怒られた時は、相手のことを『ちいさい奴』と思ってみるのがいいんじゃないでしょうか。」
その後しばらくして、アドバイスがよかったかどうかは分からないが、その方は元気を取り戻してくれたようだった。けれども、余計なお世話かもしれないが、上司の方も、怒り過ぎでストレスが溜まり体を壊してやしないかと、なんとなく心配にもなってくる。


かくいう私も、仕事とは上手な距離感が保てているような気がまったくしない。来年こそは、良い距離感を保ちながら上手に仕事と付き合っていきたいと切に願っている。


今年のエントリは、これで最後になります。お越しいただき、たいへん有難うございました。来年も、これまでと同じくチンタラとした更新になると思いますが、今のところ地味に続けて行こうと思っていますので(笑)、もしよろしければお立ち寄りください。