世界フィギュア 2009

ジュベールやチャンが宙を舞う。彼らの鮮やかなジャンプを見るたびに、心が躍る。
「いいジャンプの条件とは?」と問われれば、高さ、飛距離、スピードと答えたい。そのダイナミズムとパワーこそが、私を惹きつける。私にとってのジャンプの魅力とは、優美さとは対極にあるものだ。
一方、ハイリスク・ハイリターンな技であるジャンプは、勝敗の明暗に大きく関わってくる。それは、演技者にも、観る者にさえ、準備態勢に入った瞬間からなんともいえない緊張を誘う。スリリングな緊張感は競技スポーツ観戦の醍醐味だが、競技者にとっては魔物のような存在に感じられることだろう。
もし、フィギュアスケートがステップ、スピン、スパイラルなどに代表される優美なものだけから成り立っていたならば、ひどく退屈なものに映ったに違いない。それだけに、パワフルなジャンプは、ホーッと思わず声を出したくなる感嘆と心地よい解放感を残す。優美な流れを破綻させるパワフルな緊張と緩和。それが、フィギュアスケートにおけるジャンプだと思う。


少女の頃、浅田真央は、何物にも縛られることがないかのようにリンクを自由自在に翔けていた。怖れや緊張感とは無縁の、天真爛漫な自由で伸びやかな滑りは、従来のフィギュアを見慣れた目には鮮烈に映った。
今大会、ジャンプの失敗を抜きにしても、浅田の演技は伸びやかさを欠き、なんとなく小ぢんまりとした印象を残した。浅田の滑りに緊張感と怯えが見え隠れするのが感じられる。天を翔けていた少女は、今ようやく地に降り立ち、生身の女子フィギュア選手として戦い始めたような気がする。
成功か失敗かという枠に囚われ悩むのは浅田には似合わない。高く大きく力強く跳ぶことだけを目指して欲しい。ジャンプの原点を見せて欲しい。
浅田真央には、ダイナミックでパワフルなジャンプがよく似合う。


安藤美姫の滑走スピードには、ちょっと驚かされた。長いキャリアを経た後、ここで滑走スピードを上げてくるということは、並大抵の努力でできることではないだろう。その分、本来の持ち味である繊細な動きのところどころにブレや粗さが感じられはしたものの、スピードが増したことで、ひとつひとつの動きが力強く新鮮に映った。もともと優美で繊細な表現には抜きん出たものを持っているので、演技の熟成が楽しみである。
キムヨナと浅田真央という二人の稀有な天才と同じ時代に滑る安藤美姫は、不遇といえば不遇なのかもしれない。しかし、トリノの後、彼女は着実に、そして、したたかに自分の場所を築きつつあるようにみえる。安藤とモロゾフの戦略には、これからも目が離せない。


優美さが、フィギュアスケートの最大の魅力であることは間違いない。
けれども、その優美さを支えているのは滑走のスピードであり、演技を単調さから救っているのは力強いジャンプである。
フィギュアスケートにおける躍動感の大切さをあらためて認識させられた今回の世界フィギュアであった。


(表現に満足できないところが多くあったため、4月5日に大幅に加筆修正したことをお詫び申し上げます。なお、論旨は変えておりません。)