安藤美姫の魅力


世界フィギュア選手権が始まる。
女子では、浅田真央金姸兒の力が抜けており、安藤美姫がそれを追う形かと思う。
昨季、浅田は成長した体と自分本来のスケートとのバランスを取ることに苦戦していたように見受けられ、金はコンディション面での問題を抱えていた。
安藤は昨季の世界女王だが、浅田がショートプログラムで躓き、金がフリーで大きく崩れたため、漁夫の利的な要因があったことは否定できない。
しかし、トリノでの転倒以降、まるで4回転の呪縛から解き放たれたかのように安藤のスケートが輝きを取り戻したのを感じる。


ジュニアで4回転を跳び、『トリビアの泉』で眼が回らないスケーターとして人気を集めた愛くるしい少女は、やがて成長し、大きな壁にぶつかった。トリノオリンピックを前にした安藤は、浅田の存在に怯え、萎縮し、4回転ジャンプと自己のスケートの価値を同一化させることで、かろうじて精神のバランスを保っていたように見えた。
矛盾するようだが、トリノでの転倒以前から、4回転が既に自分の手から零れ落ちていたことを安藤はうすうす感づいているようにも伺われた。 
跳べない自分と跳ばなければならない自分を抱え、4回転に挑んだトリノでの演技。ジャンプで転倒したあとの彼女の表情からは、喪失感よりもむしろ解放感を感じた。
トリノで4回転を失ったとき、安藤は、自分のスケートに残されたものを初めて見つめ始めたのではないだろうか。


喪失と再生。
トリノを境に、安藤は新たな境地を見出すことに成功したように思われる。
私は、フィギュアスケートに関してずぶの素人なので、全く的外れであることも覚悟しながら敢えて言わして頂くと、安藤のスケートの魅力は美しい上肢の動きにある。
モロゾフコーチの振り付けも、安藤の美しい動きを十分に意識して演出されているように思われる。個性的な振り付けで華麗なステップを舞う際やスピンの際、指先まで神経の行き届いた安藤の上半身の動きは他の追随を許さない。
フィギュアスケートは滑りを採点する競技である。だから、上肢がどのように動こうとも、おそらく、それは採点対象の外にあるのだろう。
それでも、安藤の指先が描く美しい軌跡は、観た者の心の中に残る。女子フィギュアスケートが美しさを競いあうことから逃れることが出来ないものである以上、それは安藤の大きなアドバンテージだ。


安藤のスケートには、残念ながら、浅田のような柔軟性とスピードはない。そのため、二人がベストの演技を行った場合、安藤と浅田の間にはどうしても越えられない壁があるように思われる。
しかし、難度の高い技は、成功する確率が低いからこそ、難度の高い、高得点の技として成立するのである。
2008世界フィギュア選手権。安藤美姫の闘いから眼が離せない。