医療者の勘違い〜自己管理とは?(前編)


高血圧症、糖尿病、高脂血症、メタボリック症候群等々、普段の生活習慣が発症に関与している病気を生活習慣病といいます。
生活習慣病といえども、その発症には遺伝的要因や年齢による生理的な変化も大いに関係しています。しかし、生活習慣病の予防や治療を行おうとする場合、それらの要因を取り除くことは不可能です。
よって、生活習慣の改善が必要となってくる訳です。


健康に関心のある方には分かりきったようなことを長々とすみませんでした。
ここからが本題です。


Aさんは身長160cm、体重80kg、ウエスト(臍の高さで)100cmの大食漢。昼食は丼ものか、ラーメンの大盛をとることが多く、夕食の際には350mlの缶ビールを2本欠かさず飲んでいました。通勤には自家用車を使い、会社では、ほぼ終日、パソコンを使っての事務作業。残業や家に仕事を持ち帰ることも多く、就寝は毎日1時頃で、休日はくたびれて家でごろごろすることが最近増えてきました。
ある日、会社の健康診断でAさんは糖尿病とメタボリック症候群の疑いがあるとの指摘を受けました。
「これは大変!」とAさんは、糖尿病専門医として名高いB医師の外来を受診しようとC総合病院を受診しました。それでは食事指導を、ということになったときに備えて、奥さんも一緒です。
B医師はAさんの採血結果に眼を通し、話をひと通り聞き終えた後、こう言いました。
「あなたは糖尿病ですね。糖尿病とはどうたらこうたらの病気で……。」
B医師は糖尿病とはどんな病気かを丁寧に説明してくれましたが、難しすぎてAさんには殆ど理解ができません。そんなことより、実践だ……。そう感じたAさんは、B医師の流暢な説明をさえぎるように恐る恐る尋ねました。
「で、いったいわたしは何をすれば……?」
心なしか一瞬、B医師の表情がむっとしたようにも思われましたが、すぐにやさしい表情を浮かべながら、
「あなたは、飲み物や間食も含めて1日3000〜3500kcal摂っています。糖尿病であるあなたの1日の適正なカロリーは1680kcalです。食事の内容については栄養士の方から食事指導を行ないます。奥様とご一緒に受けてください。それから、1日約30分の歩行運動を開始してくださいね。」と答えてくれました。
奥さんと一緒に食事指導を受け終えたAさんは、
「よし、明日からはやるぞ。」
と固い決意を胸に病院を後にしました。


「眠い……。」
Aさんは朝の出勤前に30分間のウォーキングを始めようと考え、6時に目覚ましをセットして床に就きました。しかし、1時就寝、6時起床、それもウォーキングを目的としての起床はやはりきつかったようです。
「会社から帰った後、夜歩くことにしよう。」
思い直したAさんは、いつもどおりの時間に起きることにしました。
お昼は奥さんの手作り弁当です。普段の勢いそのままに食べ始めたAさんは、5分で昼食を食べ終えました。
「腹減ったなぁー……。」
食べ終えたばかりなのに頭に浮かんでくるのは食べ物のことばかり。
「これから毎日こんな生活が続くのか……。」
やりきれない思いがAさんの胸に広がりました。そして、衝動的にコンビニで唐揚げとおでんを買って、むさぼるように食べてしまいました。
会社から帰宅したAさんは、どうしても歩こうという気になれません。
「もう、今日はいいや……。明日から頑張ろう。」
そう考えたAさんは、いつもより少ない夕食を噛みしめるように食べ始めました。
向かいに座っている奥さんは、ニコニコしながら、
「あなた、意外に頑張ってるみたいじゃないの。いつもと違って、ゆっくり食べてるし……。ビールはどうするの?」
と尋ねてきました。
「じゃあ、一杯だけ……。」
Aさんは心のなかですまないと呟きながら、そっとグラスを差し出しました。


あっという間に1ヶ月が過ぎ、B医師の外来診察日がやってきました。
「さあ、体重を測りましょう。……80.5kgか。前より増えちゃだめですよねぇ。食事と運動はちゃんとやっていただきましたか?」
Aさんは多少ごまかしはしたものの、できるだけ正直にこの1ヶ月の生活状況をB医師に報告しました。
「そんなことでは、体重も、ウエストも、血糖値も下がりませんよ。血糖が高いままだとどうなるか、この前もご説明申し上げたでしょう。糖尿病の合併症は怖いんだから……。食事療法の理解は十分できていますか?」
「でも、ビールはコップ1杯で続けられるようになりました。」
「それだけじゃねぇ……。とにかく食事療法について十分理解できていないようだから、もう1度、食事指導を予約しておきましょう。奥さんとご一緒に必ず受けてくださいね。」
妻は、栄養士さんから頂いたレシピをよく読みながら、毎日、朝夕の献立を作り、早起きして弁当まで用意してくれている。自分が食べ過ぎていることもよく承知している。食事指導をまた受けたところでどうなるんだ……。全部、俺の意志薄弱のせいだ。
糖尿病の合併症への恐怖がこころに暗い影を落とすのを感じつつ、Aさんは重たい気持ちでB医師の外来を後にした。


本当にだめな人ですね。
Aさんのことではありません。B医師のことです。
確かに、Aさんには意志の弱いところが見受けられます。しかし、分かっていながら、Aさんのような行動をとってしまうことはけっして珍しいことではありません。
B医師の医療者としての最大の問題は何か?それは、他者の生活を自分が管理すべきであり、また、管理できると意識しているところではないでしょうか。
生活習慣病にとって大切なものは、生活習慣を改めることです。そして、自分の生活習慣を改めることができるのは、自分自身しかいないのです。


本論に入る前に長くなってしまいました。以下は次回のエントリで……(1ヶ月先になるかも知れません。そのときはご勘弁を(笑))。