スター選手のメジャー流出に想う

かつて野茂英雄が海を渡りメジャーに挑戦した頃、日本の野球は果たしてメジャーに通用するのかということが、まだとりざたされていた。当時、メジャー挑戦ということは、日本の一流プレーヤーにとってさえ、大いなる「夢」でしかなかった。
江夏にとってのメジャー挑戦は、日本での働き場を失っての一か八かの挑戦であった。まだ若かった野茂自身にはそれなりの勝算があったのかもしれなかったが、その野茂ですら、殆ど働き場を失いかけての挑戦だったように思う。
彼らを支えたのは、「ダメでもともと」という捨て身の気概だった。
しかし、野茂によって切り開かれた道は、その後、イチローをはじめ、多くの日本人プレーヤーによって辿られ、そして、「日本の一流プレーヤーは、メジャーでも一流プレーヤーとして通用する。」ということが次々と証明されてきた。
かくして、メジャーリーグは、NPBのスタープレーヤにとってはただの夢でも憧れでもなく、職場としての選択肢のひとつとして、しかも最高峰の職場として、現実味あるものとして捉えられる存在になった。

来季も、松坂をはじめ井川、岩村らのメジャー移籍が予想されている（桑田の場合は、彼らの立場とは異なり、かつての江夏の立場と似ている）。
彼らスーパースターたちの素晴らしいプレーをNPBで観られなくなることに、とてもがっかりしている人は多いだろう。（皮肉なことに、松坂などは、メジャー移籍によりそのプレーがTVに露出される機会自体はかえって増えるだろう）。
しかし、才能の流出という点ではたいへん残念なことには違いないが、NPBのレベルが低下するとか、ファンの気持ちを大切にして欲しいとかの理由で、メジャーへの移籍に反対しようとは思わない。むしろ、私は、希望する選手には積極的にメジャーに挑戦してもらいたいという考えを持っている。

ファンの声援は、何にもまして選手への励みになる。ファンの声援が選手を支えているからこそ、限界を超えた超人的なプレーが生まれ、白熱したゲーム展開が生まれる。プロスポーツ選手にとって、サポーターの存在は、選手の気持ちをプレーに向かわす大きなモチベーションになる。
しかし、これはどんな職業にも共通していえることだと思うが、自分を仕事に向かわす最も大きな原動力は、どれだけ自分のやりたい仕事ができているか、自分の望む仕事に就いてどれだけ幸せを感じているか、ということだと思う。
他人に認められるということは、自分を後押しする大きな力にはなるものの、それだけでは、生き生きと仕事に向かわせる十分な力には成り得ないことが多い。
より高いレベルの環境で自分の力を試したい、その環境の中で自分自身のスキルを高めたい、より高い評価を獲得したい……。
実力を十分に持ちながら、それを存分に発揮するチャンスが与えられない。やがて、気持ちを燻らせたままプレーへと向かう心を失っていき、その才能を腐らせていくとしたら、とても悲しいことだ（どんな事情があるかはよく分からないが、今の上原には、このモチベーションの萎えといったものを感じてしまう）。

もちろん、選手は、NPBの球団に所属する以上、NPBの約束事には従わなければならない。
しかし、入札制度を使うことで、選手は念願のメジャーに移籍することが可能となり、所属球団は巨額の金額を獲得できるのであるならば、それは、選手、球団双方にとって大きなメリットがある。入札制度は、獲得できる金額が大きい分、戦力補強や球団経営という面では、フリーエージェントよりも有効な手段であることには違いない。球団やファンは柔軟に考えるべきだろう。
ただし、所属球団には、選手を失うファンの気持ちを十分に理解してもらいたいものだ。願わくは、応札した球団には、獲得した金額の幾ばくかを、傷心のファンに直接還元できるような方策を考えていただければありがたい。

ところで、話は少しそれるが、労働者にとっての職場環境という観点からみた時、NPBは、けっして良い環境にあるとはいえない。とくに、引退後の年金の問題をはじめとした保障に関しては貧弱すぎる。
これは、プロ野球リーグが組織化されていないということに問題がある。MLBに対抗してNPBと名乗ってはいるものの、その実態は、各球団のオーナーたちの寄り合い所帯に過ぎず、リーグを運営、経営していく責任者がいないまま、各球団にそれが任されている。NPBという組織への収入も、MLBと比べて雲泥の差というよりもないに等しい。
コミッショナーを組織のマネージャーとして位置づけ、コミッショナーを中心としたリーグ全体のマネージメント、組織作りをしなければ、NPBがこれからの時代を乗り切っていくのは困難となるかもしれない。

私は、働くものの想いが実現される職場を求めてやまない、ひとりの職業人として、メジャーに挑戦しようという選手自身の気持ちを支持したい。そして、彼らの去った後、NPBに新しい才能が一日でも早く出現することを心から願う。