不安に駆られる


本業に追われる日々が続き、なかなかまとまったことを考える暇がなくなってきた。10月はまだ一度も更新できていないという体たらく。仕方がないので、不本意ながら本業のことを書くことにする(笑)。


病院に来られる方の中には、実はたいしたことではないのに、重篤な病気に侵されている、あるいは、自分の症状が重篤な病気の前兆ではないかと、強い不安に駆られて来られる方も多い。


例えば、めまい。めまいの中には、勿論、重篤な病気のひとつの症状として現れているものも稀ではない。しかし、めまい発作時に丁寧に問診や身体所見をとり、分析することで、たいていのものは診断がつくし、多くのものは、生命に危険のあるような重篤なものではない。
他にどんな症状があるか(ふらつき、頭痛、難聴、痙攣、麻痺など)、持続性 or 頭位変換性(頭の向きや位置を変えた時に出現するもの)か、めまい発作の持続時間はどうか、誘因(発作が起こったきっかけ)は何か……。とにかく丁寧な問診を心掛ける必要がある。
めまい発作時でないと、正確な身体所見がとれないことは多い。特に、持続性か頭位変換性かという発作形式や発作の持続時間については、眼振(めまい発作時に生じる眼球の異常運動)を観察して判断することで容易に判断できるが、問診だけでは分からないことが殆どだ。
というのは、頭位変換性のめまいの場合、頭の位置がほんの少し移動するだけでもめまいが引き起こされるので、持続時間の短いものでも、実際の被験者には続いているように感じられるからである。
この場でめまい診断の詳細について語るつもりはないので省略するが、このような手順を経て診断される、実際の日常診療で遭遇するめまいの8割以上は、良性発作性頭位変換性眩暈という長ったらしい名前の、危険度の非常に低いめまいである。どんなに激しいめまい発作であっても、このめまいならば全く危なくない(発作時に転倒して怪我をすれば別だが……)。


しかし、「あなたのめまいは、かくかくしかじかの特徴があり、したがって、良性発作性頭位変換性眩暈という種類のめまいです。このめまいは、ほにゃららの原因で起こるめまいで、よって、重篤な病気ではありません。良かったですね。」と気を配りながら説明しても、なかには腑に落ちない顔をされる方が必ずいる。
私の力量不足もあるとは思うが、こういう方は、初めてのめまい発作の経験であったり、めまい発作が激しかったりした方で、説明を聞いたあともやはり強い不安が残り、その不安をどうしても拭いきれないのだということが感じられる。
かくして、そういった方々は、いろんな病院のはしごをすることになるわけだが、他の病院で「これはいけない。脳梗塞の前兆です。」とか告げられると「やっぱり……。」と初めて納得し、飲む必要のない脳血流改善剤にすがるように飛びついてしまうことが多い。このような例は、これまで数限りなく臨床の場で経験した。
こういった例を見ていると、自分自身の無力を感じるのは勿論だが、拭いきれない不安を拭う最も簡単な処方箋は、皮肉なことに、その不安が的中しているという回答を与えることなのだと感じてしまう。
極悪非道な新興宗教悪徳商法、あるいは戦争に纏わるデマゴーグ……。私たちを取り巻く不安の種は、数限りなくある。私たちは、いつも不安の中で生き、検証することによってそれを乗り越えていかなければならない。