俊敏な守備、美しい守備


私のブログの中では時間が止まったままになっている。止まったついでに(苦笑)随分前の話で恐縮だが、7月15日、京セラドーム(大阪ドーム)に阪神‐中日戦を観に行って来たときの話を書くことにした。この試合を選んだのは前半のヤマ場ということもあったが、以前から私たち家族全員で応援している川相昌弘(文中敬称略)をぜひ観たかったからだ。


普段は外野派の私だが、そういう経緯もあって、この日は3塁側内野席での観戦となった。
席に着いたとき、ちょうど中日ナインが練習をしているのが眼に入った。眼の前の3塁で守備位置についているのは立浪だ。打球の正面に入らなかったり、バウンドにあわせ損ないかけたりで、なんとも危なっかしい。練習とはいえ、真剣に守備についているのだろうか。年齢からの衰えだとすれば哀しい話だが、その姿は、内野守備につくのを期待するのはもう無理だろうと感じさせるに十分だった。
[ その隣で立浪と交互に3塁守備位置についている選手も、立浪に輪を掛けて雑な守りをしていたので「 なんだ、こいつは 」と思ったが、よく見れば谷繁だった(苦笑)。]


そうこうしているうちに、ショートの守備位置に川相がついた。丁寧にバウンドにあわせて身体の正面で捕球し、正確なスローで締めくくる。川相の守備には、落ち着いた大人の守備といった風情がある。
40歳を越え、出場機会が減った昨年でさえ、プロ野球ニュースでも何回か取り上げられた川相の守備。その長い現役生活で、川相は数々の好守を残してきたが、いまでも昨日のことのように鮮やかに思い出される、心が揺さぶられたプレーがある。プロに入ってからではなく、彼が高校生の頃のプレーだ。
今では高校野球中継を観ることは殆んどなくなったが、当時は学生で観戦時間も十分取れたことも手伝って、私の夏の楽しみのひとつだった。
岡山南高のエースとして甲子園のマウンドに立っていた川相。何回だったか、ランナーがどれだけ溜まっていたのかなどは記憶が定かではないが、いきなりバッターがスクイズをした時のことである。その瞬間、脱兎のごとくマウンドを駆け下り打球を捕った川相は、前にダイビングしながら、そのままグラブトスでキャッチャーに送球した。おそらく判定はアウトだったと思うが、そんなことはどうでもいい。その刹那に見せた川相の俊敏さに私の目は釘付けになった。これが高校生のプレーか、と心が震えた。
以来、川相という名前は忘れることのできない名前になった。
川相の守備の素晴らしさは、その俊敏さにある。今で言うところのアジリティーだ。意外に思われる方もおられるかも知れないが、川相は若い頃からけっして俊足ではなかった。しかし、その反応の速さと、運動の変換の速さで表現されるところの身体の切れは、40歳を越えた親爺になった今でさえなお、その球際の強さに顕れている。


そうこうしているうちに、川相の隣で交互にショートの守備についている小柄な選手が目につくようになった。
ノックされた打球が、あたかもグラブに吸い込まれていくように捕球されていく。グラブの中に吸い込まれたボールは、ごくわずかたりとも弾むこともない。そして、ボールは握り直されることなどもなく、ためらいのないスローイングで丁寧に1塁に送球されていく。こうした一連の動作が実にやわらかで滑らかだ。特にボールがグラブに吸い込まれていく様には、美しささえ感じた。
背番号95 ……これまでの数々の実績に比べて大きすぎる背番号を背負ったこの小柄な選手の名前は、奈良原浩。今季途中でファイターズからトレードされてきたばかりだ。


川相にしても、奈良原にしても、どこでも守れる器用なユーティリティープレーヤーというだけの存在ではない。まだまだ現役で活躍できるであろう己の力を信じ、少しでも力が発揮できる場を求めて、必死に現役にしがみついている選手達である。彼らの野球に取り組む真摯な姿勢、そして、何よりも彼らの精密とも言える職人芸が、有形、無形の形でチームを支え、また、チームを活性化させているのではないだろうか。
ドラゴンズの荒木、井端といえば、いまや12球団随一の二遊間コンビである。その彼らでさえ、今季のように好不調の波があったり、コンディションが万全でない状態があったりする。川相と奈良原は、そんな彼らを十分に刺激し、脅かしさえする存在とまでは言えないにしても、自分達の後を安心して任せられるというその存在感が、彼らにして思い切ったプレーを可能にさせているのではないだろうか。ただの控え選手といった悠長な存在、あるいは、先生といった枯れた存在ではないことが、この守備練習からは十分伝わってきた。
落合という監督には、野球というサービスの提供という観点からは、その理詰めの人柄ゆえに、好ましくない言動も多々あるように感じていた。しかし、川相と奈良原に現役選手としての活躍の場を与えている慧眼は、勝負師として、やはり天晴れだと認めざるを得ない。


試合は、井川と山本昌の投げ合で、どちらのチームの贔屓というわけでもない私にとっては、緊迫した良いゲームになった( ドラゴンズファンにとっては、残塁が多く歯がゆい試合だったと思うが……)。
9回表、先頭打者として代打で登場した立浪は、粘った後、藤川の球を見事にレフト前に打ち返した( 守備はともかく、打撃にはいやはや脱帽です )。
次の打者は、この試合全く振れていなかった谷繁だ。藤川の前に、谷繁は果たしてあっさりと凡退し、続く奈良原、森野も倒れ、ゲームセットとなった。
全盛期ならば、谷繁のところで代バント川相が観られただろうに……。ここ一番ではすでに川相が戦力から外れてきつつある現実に、一抹の寂しい想いを感じつつ、球場を後にした。


[ 追記として近況など ]
私の仕事を取り巻く環境には、今のところ何の進展もみられず、よって、ブログ休止宣言をした6月から、なんら状況に好転はみられません。書きたいことはあるにもかかわらず、6月、7月と2ヶ月続きでエントリがあげられなかった事が本当に不本意で、悔しくて……、このエントリを書きました。次がいつになるか、お約束はできませんが、「月にひとつはなんとしても」と思ってはおります。( 8月4日に追記